麗澤大学教授の八木秀次氏。
また奇妙な論説を発表している(産経新聞2月20日付)。
憲法4条1項に「天皇は…国政に関する権能を有しない」
と規定している。
にも拘らず、「天皇陛下が皇位を新天皇に『譲る』という意思が
儀式に見られれば、憲法…に抵触することになる」
「退位の宣言の際は…新天皇に皇位を『譲る』との文言は
お避けにならなければならない」
「退位、即位の儀式が同じ日、同じ場所で行われれば、
政府が懸念している天皇陛下のご意思によって皇位を『譲る』
という色彩をどう払拭するのかという点が曖昧になる。
また、現在の天皇陛下と新天皇のどちらの国事行為であるのかという
点も混乱する」と。
この人は確か「憲法学者」を名乗っていたはず。
ならば当然、「国事行為」は憲法上、天皇“だけ”しか行えない
という事実を、知っていなければおかしい。
「儀式」が来年の5月1日に行われるなら、
その時は今の皇太子殿下が既に即位しておられる。
だから「新天皇」の国事行為であることは明らか。
もしその前日なら(この日に「即位の儀式」を行うのは
妥当ではないが)、紛れもなくまだ在位されている「現在の天皇陛下」
の国事行為。
天皇陛下が必ずお1方である限り、
「どちらの国事行為であるのかという点」に「混乱」が生じる余地は、
1ミリもない。
単に同氏のアタマが「混乱」しているだけだろう。
また、不遜にも天皇陛下の退位礼(?)での
「おことば」の文言にまで、差し出口を挟んでいる。
だが、先ず自分の国語力を磨いた方が良い。
「譲る」と「退く」を対義語のように勘違いしているようだ。
「譲る」は100%本人の意思に基づき、
「退く」なら本人の意思は一切介在しない、
と(そこから氏は以前、別の論説で「譲位」という語を排し、
「退位」だけにせよと主張した)。
勿論、そんな事はない。
教師の指示で児童が老人に席を「譲る」とか、
社長が自らの決断でその地位を「退く」など、
普通に遣われる言い方だろう。
皇位継承に関しても、例えば以下のような記述がある。
「史上時としては、聖慮(せいりょ=天皇のご意思)に出(い)でず、
他の強制により譲位したまへる例あるを見る」
(帝国学士院編『帝室制度史』3巻、昭和14年)よって、
おことばの文言に「譲る」「退く」どちらの語が用いられようと、
それは本質的な問題ではない。
更に八木氏は、例によって横畠内閣法制局長官や
菅内閣官房長官のこれまでの発言を、金科玉条のように振り回す。
しかし、どちらも杜撰な内容だ。
菅官房長官より法的に精密な議論をすべき立場にある
横畠長官にしても、こんな不用意な発言をしている。
「天皇の交代という国家としての重要事項が天皇の意思によって
行われるものとした場合、これを国政に関する権能の行使に当たる
ものではないと言えないのではないか」と。
「天皇の意思」だけで全て決まるのか、それともそれを全く排除する
のかという、単純極まるオール・オア・ナッシングの考え方。
余りの大雑把さに呆れる。
これまでも繰り返し強調して来たが、もし「天皇の意思」を一切(!)
排除したら、それこそ「強制」退位になってしまう。
政府は従来、譲位を認めない理由として、
強制退位が可能になるから不可として来た。
それとの整合性はどうなるのか。
そもそも、天皇陛下がご自身の地位を退かれるのに、
ご本人の「意思」を全く排除するというのは、
どう考えても異常だろう。
国政に関する権能を有しない地位を退くのが
「国政に関する権能に当たる」というのも、ツジツマが合わない。
ご譲位は、天皇陛下のご意思を「端緒」として、
皇室会議などが適切に関与し、最終的には政府の責任で行われるのが
妥当だ。
実は(八木氏は気付いていないようだが)特例法自体も大体、
そのような“立て付け”になっている。
「天皇陛下が…今後これらの御活動を天皇として自ら続けられることが
困難となることを深く案じておられること」(1条)
「国民は…天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること」(同)
「内閣総理大臣は、あらかじめ、皇室会議の意見を聴かなければ
ならない」(附則1条2項)
天皇陛下のご意思“だけ”で全てが決まるのならともかく
(それだと陛下に直接、責任が及んでしまう)、
こうした法的な枠組みの中で行われる以上、退位と即位の儀礼が、
たとえ同日に同じ場所で「一連・一体」のものとして行われても、
それによって憲法上の疑義は生じない。
2月20日の各種報道によると、政府は来年4月30日に
退位礼正殿の儀、翌5月1日に剣璽(けんじ)等承継の儀を
予定しているとか。
2日に分ける事によって「空位」が生じる訳では勿論ない。
同日か2日に分けるかは二義的。
だから、それ自体を問題視する必要はない
(言う迄もなく、同日でも問題ないからと言って、
必ず同日でなければならないという事ではない)。
古来「神器は皇位と共にあり」とされて来た剣璽を、
退位に先だって(4月30日に)天皇陛下のお手元から
移すような事さえなければ、特に目くじらを立てるには及ばない。